息が続かない
切らした息が白く薄く私たちの横を通りすぎていく
後ろからは私たちを追いかける 声 足音
前に見えるのは果てしない 闇 雪
私はもう 貴方の手を離したりはしない
絶対に
「ハァ・・・・ハァ・・っ・・・」
「・・・・・・・・・・・・大丈夫・・か?」
「・・・・・」
私は雅治の問いに首を縦に振る。
耳につく、私たち二人の足音。
今だ足跡のついていない所にギュ、ギュ、という足音が聞える。
後ろからは追っ手の足音。
ああ、もうどれくらい走り続けただろうか。
闇の中で銀に揺れるあなたの後ろ髪
私はそれを見つめて走り続ける。
目の前は暗闇
空から降りつづける数え切れない雪
寒さが、闇が、あの雪が、限界が、限界の全てが
私たち二人を襲う。
何度も何度も荒い呼吸をして−−−その度に浮かんで消える私の白い息
雅治も同じだった。
私の手を掴むあなたの手は冷たく−−−私の手もきっと凍えていて
足も悴む。
膝に力が入らない。
『姫はどこだ!?追え・・!』
後ろでさっきからずっとずっとそんな声が聞えてきて
私の焦りを一層強まらせる
私たちは走り続けた
ずっとずっと、遠くへ。
出来るだけ遠くへ。
道も無い
白い闇の中を・・・・・・・・
「・・・・・ハッ・・・もう・・・大丈夫・・か・・・・?」
「っ・・・ハァ・・・・・ハァ・・・・・・」
私は肩で荒く息をする。
暗闇の中、雅治の存在を確認するように繋いでいた手に力を込める。
もう、血すら通っていないのかも知れない。
その手はもう感覚すら残ってなどいなかった。
私はその場に座り込んだ。
ドレスの裾から雪の冷たさ、寂しさ。
それがじんわりと伝わってくる。
足も、何かに刺されるように鋭く痛い。
雅治は姿勢をかがめて、私の顔を覗き込んでくれた。
頬に添えられた、貴方の冷たい手が私の涙腺を緩める。
「もう・・大丈夫なはずじゃ。・・・ここまで逃げたらきっと追っても来ん。」
「・・・・・うん・・・・」
私を励ますようなあなたの声が、顔が、瞳が、
闇に消えてしまうようで
私の意識も消えてしまうようで
怖かった。
「・・・・・歩ける・・か・・?」
「・・・・う・・・うん・・・だい・・じょうぶ・・・・」
凍える左手にはぁっと息を吹きかけてみる。
でも、それは温まることなく無駄に終わってしまう。
私は雅治に右手を繋がれたまま、歩き出した。
嫌だった。
あなたと離れる事が。
あなたと私。
比べる事さえ出来ないような地位で、貴方と離れなければいけなくなるのは
嫌だった。
あの城から逃げて、逃げて、逃げて
そうして二人で暮らせる事ができたなら、
隣に
雅治さえ居てくれればそれだけで私は幸せだった
あなたと離れるのが、怖かった。
−−−−目の前は暗闇
空から降りつづける数え切れない雪
寒さが、闇が、あの雪が、限界が、限界の全てが
私たち二人を襲う。
「・・・・・まさ・・・はる・・・・・・・・」
「・・!・・!」
もう、足の感覚も無い
聞える雪の軋む音
シンシンと降り積もる白い雪
意識が−−−薄くなっていく。
「・・・・・・大丈夫か!?」
「・・・・・・ま・・・・さ・・・・」
私はその場に倒れ、雅治がそれを抱きかかえてくれた。
空の黒から白い雪がゆっくりゆっくり、私の顔に向かって舞い落ちてくる。
もう、何が冷たいのかも分からない。
分からないよ・・・・・・・
「・・・・」
貴方はそう言って私の頬にそっと触れる。
その貴方の指も、もう感覚なんてないのでしょう?
唇が開かない
目も、開けることができない。
もうすぐ、迎えがきてしまうんだ。
「・・・・・・・・・」
「・・・・はる・・・・・・め・・ん・ごめ・・・・・さ・・・い・・・」・
・・・ごめんなさい・・・・
貴方を巻き込んでしまって・・・・・
ごめんなさい・・・・
私のせいで雅治がこんな目にあってしまった。
城を抜け出そうと言った雅治の優しさにすがってしまった。
「貴方と離れる事」の怖さから逃げてしまった。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・っ・・・・・目、しっかり開けんしゃい・・・・
大丈夫。・・大丈夫じゃから・・・・」
私の冷たくなった唇に、優しく何かが触れる。
きっと、雅治の唇。
貴方の唇も
冷たくて
もう、目だって見えなくなってしまった。
あける事が出来ない。
そんな瞳からあふれ出してくる私の悲しい雫。
貴方がそれをそっと拭いてくれている。
−−−−分からないの。
指も、顔も、唇も、首も、足先も
全部ぜんぶ冷たくなってしまったのに
どうして、涙だけは少しだけ温かかったのか
私には、分からないの
「・・・・・・・・・・」
愛しい貴方の、雅治の声が聞える。
きっともう、この大好きな声を聴くのも最後になってしまうだろうか
繋いだ手は凍えて
雪はまだ降っていて
もう一度だけ、唇を重ねて
ふいに、重力と重みを感じた。
雅治が私に覆いかぶさるように
そんな、貴方の重みを感じる。
「ずっと、一緒・・・・・じゃ・・からな。・・・・・・・一緒に・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・愛・・・しと・・・・・・・・・
私はゆっくりと息を終えた。
そして・・・・雅治も−−−−−−
かみさま
お願いです
どうか、どうか
生まれ変わっても
雅治といっしょにいられるように
ずっと隣で
今度はなにもいりません
たとえ私の声がなくても、目がなくても、足がなくても、記憶がなくてもいいから
雅治とまた、一緒に居させてください
私を励ますようなあなたの声が、顔が、瞳が、
闇に消えてしまうようで
私の意識も消えてしまうようで
怖かった。
でも、一番に怖かったのは
あなたを、失う事
貴方と離れる事
そんな現実
私はもう 貴方の手を離したりはしない
絶対に
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fin.
MUSIC BY [ ONE's ]
PHOTO BY[ NOION ]
ある雪国の姫と、兵士の
悲しい物語
071104