私はシンデレラです



   私はシンデレラ。




   私は、灰かぶり少女。

   もうそれでいいって想っていました。



   だけれど、あの方は・・・・・






















灰かぶり少女


















   「シンデレラ、今日の舞踏会のドレスは出来たの?」


   「いっ・・いいえ・・・それがまだ・・・」


   「まったく・・・何をさせても鈍い女ね・・!さっさと終わらせて頂戴!」


   「そうよ。もし舞踏会までに間に合わなかったら許さないわよ!」


   「・・・・はい・・・」




   継母と継姉が去るとシンデレラは止めていた手を動かし始めました。

   ミシンなどというものは使えもせず、二着のドレスを彼女は仕上げなければいけませんでした。





   
   今宵は国のお城で舞踏会が開かれます。

   それはただの舞踏会ではなく、お城の王子の婚約者見つけを兼ねた舞踏会。

   それにシンデレラの継母達も参加しようと思っているのです。



   そのためにはドレスは不可欠。

   シンデレラはいつも扱き使われる様に、継母達の舞踏会の為のドレスを作り続けているというわけです。

   このドレスを完成させるためにもう何日寝ていないのでしょうか。

   舞踏会のあるちょうど三日前に「ドレスを作りなさい」と言い放つ継母達の要求にこたえるべく、シンデレラは寝る間を惜しむことなく
   ドレスを作り続けていました。




   「・・・・・」




   シンデレラはにじむ視界をごしごしと手で擦りました。

   だめだ、泣いちゃだめだと自分で自分に言い聞かせながら。


   毎日継母達ににひどい仕打ちをされても、シンデレラはくじけませんでした。


   シンデレラは夢見ていました。


   いつか自分も笑って幸せに暮らせるのだということ。


   こんな生活からもいつか解放されて自分を愛してくれる人がいるのだということ。


   私をちゃんと見てくれる人がいるのだということ。


   それを考えるだけでも、シンデレラは幸せだったのです。



   「・・・・」


   ひとつひとつ丁寧に

   糸が解れない様に。



   「・・・早くしなくちゃ・・間に合わなくなっちゃうわ・・・・」



   一人暗い部屋でぷつりと呟きながらシンデレラはドレスの生地に糸を通していきます。

   瞼が重くても、首や肩が痛くっても弱音を吐いてやめるわけにはいきません。

   舞踏会が始まる夜まで、シンデレラは黙々とドレスを仕上げていきました。






   *






   「分かった!?わたくし達がいない間に変な事をしていたら怒るわよ!」


   「掃除もしておくようにね!シンデレラ!」


   「・・・はい・・」



   ドレスはなんとか出来上がりました。

   継母達は満足そうにそのドレスを着て、ヒールを鳴らしながら家を出ていきます。



   バタン、と扉が閉まるのと同時にシンデレラはへたへたとその場に座り込みました。

   ああ、ドレスは完成したんだ。

   少しの間でも一人の幸せな時間が出来たんだとほっと胸をなで下ろして、安堵していたのです。



   シンデレラは立ち上がって窓際に行き、小さな木の椅子に腰掛けました。

   掃除をしなくてはいけないと分かっていても少しだけ休息を得たかったのです。


   シンデレラは窓の外を覗き込みました。





   「・・・・・王子様・・・」





   窓の外の景色、ぼんやりと遠くの方にお城の明かりが射しているのを見つけました。

   山のてっぺんに立つ大きなお城のあの中で、今日継母達や他のお金持ちの人たちは華やかな舞踏会を送るのでしょう。


   そうして王子様をひと目でも見れるんでしょう。





   「こんな私でも行ければいいのに・・・」




   そう呟いてもそれは本当に小さな願いでした。
   手のひらを見れば本当に汚れた手で、服のほとんどが黒くくすんだまま。

   万が一舞踏会へ行く許可が出たとしても、こんな格好ではいけるはずもありません。


   会ったこともない王子様、もし私に目を止めてくださったらどんなに嬉しいことだろう。


   叶いもしない淡い期待にため息をついて、シンデレラはそのままゆっくりと瞼を閉じました。




















   『起きてください、起きてください、シンデレラ。』










   「・・・・・」






   ふと、誰かに呼ばれたような気がしてシンデレラはゆっくりと目を開けました。


   でも部屋の中に誰か別の人が居るはずもなくシンデレラはまた目を瞑りました。









   「・・・え・・・」





   そうすれば今度は眩しい光がシンデレラの瞼を掠めました。

   これは夢ではないと悟り、シンデレラは驚いて目を開けます。


   部屋は眩しい光の中にあって我慢できなくなったシンデレラは手を翳して眩しさを防ごうとしました。


   「・・・な・・何・・?」



   少しするとそこには一人の人間が立っていました。

   でも、少しだけ各校はおかしくローブのようなものを羽織っています。

   藍色の髪がふわりと揺れて、両目の色が違うその「人」は静かに笑顔を見せています。



   「だ・・・誰ですか!?」



   シンデレラは怖くなって少し声を張り上げながらその人に言い放ちます。

   そうするとその人は静かに笑ってシンデレラの方へ近寄ってきました。




   「シンデレラ・・・シンデレラ。僕は魔法使いです。」


   「ま・・・魔法使い・・・・?」


   「そうです。」



   その魔法使いは手に持っていた杖を一振りすると、暗くなっていた部屋のろうそくの火をもっと明るいものへと変えました。


   シンデレラは目を丸くさせて驚きながら魔法使いの方を見ました。



   「で・・でも・・どうしてあなたのような魔法使い様が私の元に・・?」




   少し半信半疑ではありましたが、その人を「魔法使い」だと信じたシンデレラは魔法使いの彼に問いました。




   「クフフ・・・僕はシンデレラの願いを叶えたいのです。」


   「私・・・の・・?」



   魔法使いは優しい笑顔でそう答えます。
   シンデレラはまだうまくは状況を呑み込めていませんでしたが、少しずつ魔法使いの言う事に耳を傾け始めます。



   「そうですよ。さぁ、貴女の願いを聞き届けましょう。」


   「・・・・」



   魔法使いはシンデレラの前に跪きました。
   シンデレラは慌てて魔法使いの前に座って、魔法使いとの目線を合わせようとします。


   毎日継母達にひどい仕打ちを受ける格下の自分が、誰かに頭を下げられるなんて耐えられませんでした。




   「あっ・・あの・・・私は・・・願いなんて・・・」


   「・・・・」


   「今のままで十分ですから・・・」



   もしこの魔法使いが本当に願いを叶えてくれるのなら、お金を得ることもできましょう。

   富や、権力や、幸せな生活も与えてくれることでしょう。



   でも、そうだとしてもシンデレラは願いを言おうとはしませんでした。

   昔からシンデレラは強欲にはなれませんでした。





   「嘘はつかないでください、シンデレラ」


   「え・・・・?」



   シンデレラの答えを聞いて魔法使いは少し寂しそうに口を開きました。

   シンデレラはそんな彼の表情を見て心がしめつけられるようになります。






   「シンデレラ・・・僕は本当に前から貴方を見ていました。」


   「・・・私・・・を・・?」


   「ええ。貴方に対する継母の仕打ちもどれだけ酷いか分かっています。」


   「・・・」


   「ですから僕は決めました。いつか貴方の願いを叶えたいと。貴方を幸せに出来ればと。」


   「魔法使い様・・・」







   初めに見た笑顔とは一転して魔法使いはつらい表情でした。

   シンデレラは自分の願いを言う事もつらく感じていましたが、こうして誰かが悲しそうにするのはもっとつらかったのです。






   「・・・・・」



   私が自分の願いを言えば魔法使いは笑ってくれるのであろうか。




   ですから、シンデレラは小さな言葉で言いました。



   「今夜行われる舞踏会へ行ってみたいのです。それが、私の願いです。」と。


   そう、舞踏会へ行くことが出来ればたとえ短い時間でも私は幸せな気持ちになれる。
   見たこともない華やかな会場で、見たこともない料理を口にして、
   運がよければ王子様にひと目会えるかもしれない。


   シンデレラにとって舞踏会へ行くことが最大の幸せだと感じていました。




   「分かりました。」



   魔法使いはふっと笑って、シンデレラの頬をそっと指でなぞりました。

   愛らしいシンデレラの顔にぽっと紅みがさします。






   魔法使いは分かっていました。
   あの城の王子は確実にシンデレラに目を向けるということを。

   いまこうして汚れた格好をしていても、シンデレラは十分に男を惹きつける容姿を持ち合わせているのですから。



   魔法使いは、シンデレラを大切に思っていました。


   一言で言えば、魔法使いはこのシンデレラに惚れていたのです。


   少し前からシンデレラを見かけるようになった彼は少しずつ、彼女に惹きつけられていました。

   シンデレラを愛してしまっていました。 



   でも魔法使いが人間を愛してしまうなど聞いたことがありません。

   禁断の愛情だと魔法使いは重々承知していました。

   ですから、せめてシンデレラが幸せになれるように魔法使いは力を使いたかったのです。




   シンデレラが今宵舞踏会へ赴けばからなず王子と幸せになれる。
   そうすればもうこんな場所で扱き使われなくてもいいのだという結果を、魔法使いは感じていました。

   シンデレラが幸せになれば。


   魔法使いはそんな気持ちでいっぱいでした。






   「あ・・・でも・・・」


   「どうしましたか?」


   「良く考えてみると、私・・ダンスもできないんでした・・・」



   シンデレラは少し恥ずかしそうに言います。

   「そんな人間が舞踏会へ行っても恥をかくだけですね」と付け加える彼女。



   「・・・なら・・・」


   「え・・?」



   魔法使いは手に持っていた杖を置いて、シンデレラの細い手を取りました。

   バランスを崩したシンデレラの体を支えて、魔法使いはシンデレラと向き合います。

   シンデレラというといきなりの事で慌てています。



   「あっ・・・あの・・・」


   「それなら、僕と踊りの練習をしましょう。」


   「え・・・あっ・・・」



   魔法使いはそっと右へステップを踏み始めました。

   シンデレラはというとステップにならないステップで魔法使いについていきます。



   「あのっ・・・私やったことないんです・・」


   「構いませんよ。やっていくうちに出来るようになります。」




   すっと、魔法使いの髪がシンデレラの白い頬をかすめる。


   同時に魔法使いの静かな息遣いが聞こえて

   シンデレラは鼓動が高くなっているのを感じていた。



   二人の足音が静かに部屋の中に響きます。





   右へ、後ろへ、左へ、右へ



   おぼつかない足取りでステップを踏んでいくシンデレラ。











   そっと、魔法使いの方を見上げました。



   魔法使いもそっと、シンデレラに微笑みました。







   舞踏会へ行かなくても


   王子様に会えなくても





   シンデレラは今が幸せということなのかもしれないと、心の奥でふっと思いました。


   どうしてなのかは分かりません。


   でも、何故だか魔法使いの笑顔を見ると心が温かくなるのです。
   
   安らぐのです。







   「・・・クフフ・・・これできっと大丈夫です。そろそろ準備をしましょうか。」


   「・・・・」




   魔法使いはそっとシンデレラの指に絡めていた指を放しました。

   それはとても、名残惜しそうに。

   シンデレラは熱くなる頬を手で覆って視線をそらしました。



   「では、・・・・」




   「・・・!!」




   魔法使いが持ち直した杖を一振りすると、次の瞬間眩い光がシンデレラの周りを包んでいました。


   そうして5秒も経たないうちに、シンデレラは華やかな美しいドレスを身にまとっていたのです。

   ドレスだけではありません。

   顔もしっかりとやわらなか化粧を施して長い黄金の髪もきちんと結ってリボンを施してありました。


   足には、ガラスの靴。





   「あっ・・・あの・・・!」


   「よく聞いて下さい、シンデレラ。」


   「は・・はい・・・」



   いきなりの事で驚いているシンデレラに魔法使いは笑顔で声をかけます。



   「外にはカボチャの馬車を用意しました。ですがこの魔法は12時で解けてしまいます。」


   「はい・・・」


   「ですからお城にとどまるのは12時までにしてください。」





   また魔法使いはシンデレラの頬に触れる。

   






   「シンデレラ・・・・シンデレラ僕は・・・・」



   「魔法使い・・・さ・・ま・・?」







   また寂しそうな顔を見せる魔法使いにシンデレラは心がしめつけられるように眉を寄せた。








   「・・・・・・いえ、なんでもありません。行きなさい。」



   「はい・・・・」












   魔法使いはシンデレラを支えていた手を放して、シンデレラを送りだしました。

   シンデレラはドレスのすそを踏まないようにゆっくりと歩いていきます。



   二人が、二人とも


   互いに別れるのを名残惜しく想っていました。






   「あの・・・・」


   「・・・何ですか?」




   ゆっくりとシンデレラは魔法使いの方に振り返ります。

   魔法使いもゆっくりと顔を向けます。




   「あなたのお名前は何ですか・・?」


   「・・・僕の名前は、骸です。」


   「・・骸・・・さま・・・・」




   シンデレラは一礼してその部屋を去っていく。





   「・・・幸せになってください。・・・・・・・・」



   「え・・・・」





   小さく魔法使いの声が聞こえたような気がしてシンデレラは慌てて振り返りました。

   でも、もうそこには魔法使いの姿はありませんでした。








   「・・・・・」



   俯けていた顔を上げて

   シンデレラは馬車でお城へ向かいました。




















   「・・・・・僕も、馬鹿ですねぇ・・・」



   魔法使いは、そんなシンデレラの乗った馬車を見送っていました。

   自分に出来る最大の愛情表現だったと、

   これが精一杯のシンデレラへの愛だと


   自分を無理に納得させながら。









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